びっくりするくらい、眼の前のものを見ていないのに気づいたこと。快画塾に行ってきました。

私にとって絵を描くことは、子供の時は大好きなこと、大人になってからは必要なことでした。前職は建築関係にいたのでパースやスケッチ、間取り図を書くのが仕事でしたし、今は生徒の理解の助けのためや教具を作る際に絵を描きます。

絵を描く仕事って、芸術的だったり、創造性が必要と思いがちですが、私の仕事の様に相手と同じイメージを持つ、的確に情報を伝える目的なら、ある程度描ければ個性やとびきりの上手さも必要ありません。絵が魅力的かどうかより、速く正確に伝わる方がむしろ大事です。そんなふうにして長年仕事にしていると、いつの間にか絵を描く楽しさを忘れてしまっていました。描いてもあまり満足しないし、そもそも必要以外に絵を描く時間もありません。もう一度昔みたいな楽しい気持ちで描きたいとずっと思っていました。

そんな時たまたま目にしたブログで「快画塾」というセミナーがあることを知って、参加してきました。

木村タカヒロの快画塾 | 木村創作教室

上手く描こうとしている自分

最初は自分のいつもどおりの描き方でデッサンするのですが、頭で思っているようには描けずモヤモヤします。描いているうちに目と耳のバランスが悪くなり、細部を一生懸命見ていると、なんだかなぁという全体になり・・・。

出来上がったものは自分でも納得できない代物でした。でも講師の木村先生の解説を聞いているとなるほど、そういうことかと納得です。

自分は見たまま描いているつもりでしたが、人の顔はこんなものだという過去に身につけた思い込みで描いていて、眼の前にあるものを描いていませんでした。自分はしっかり見て描いているつもりなのに!

私の場合、もう一つぼんやりと自分が理想とする上手く描いた絵のイメージを持っていて、それと出来上がったものが離れるほどイライラするのです。描いても描いても楽しくない理由はここにありました。

私にとって上手く描いた絵とは、単にそっくりなのではなくて魅力がある線や描いた人の個性がある絵です。でも、その正体って何?どうやったらそういう風な絵になるんだろう?ずっと自分で言葉に出来なくてモヤモヤしていることの一つでした。

ただ今見えているものを紙に写し取っていく。

2回、3回とやり方を替えながら、目の前にあるものを見たまま紙に記録していくやり方を学びます。「見たままに」と回を重ねて描くごとに、うまく描こうという気持ちもなくなって無心になっていきました。

そうなると描き出す線が断然生き生きと魅力的になっていきます。

最後にはモーガン・フリーマンの写真を逆さまにして、それを描きましたが、びっくりするぐらい線が良くなって、久しぶりに自分の描いた絵が愛おしく思えました。

他のことも絵を描くことと同じだなと思う。

家に帰って、自分の絵を見ながら、おしゃべりな大人の脳(左脳的なもの)を黙らせると、こんなに楽しいんだなとしみじみ思いました。大人の脳はとにかく、「上手く描け」、「今の線は失敗だな」、等など、あるべき姿を求めてくるのです。

それって、他のことも同じかもしれない。

性格的に先のことを考えたり、備えたりしがちな私は、いつも未来にはこうなっていたいというイメージがあります。ほぼ自動でそんなことを考えて今の自分の行動を決めている自分がいます。

でも、そうやって四六時中自分のことを検証し、〇〇が足りない、〇〇が計画通りではない、〇〇は比較的上手く進んでいるなと考えてると、人生ちっとも楽しくない。それより眼の前のことを無心でやるほうが、もしかしたら何倍も楽しいし、人生全体が好転するんじゃなかろうか?

絵を習いに行ったのですが、最後にはちょっとそんな事も頭をよぎって、普段の行動でも少し先を考えるのを止めて無心に楽しんでみようかなと思っています。

こんな記事を書いています。

 

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